参考1: 校註 古事記 - 青空文庫 参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫 参考3: 歴代天皇事典 - 高森明勅監修、PHP文庫

断りのない引用は参考1からのものです。


前回で西征してクマソタケルを成敗した小碓の命はヤマトタケルの命と呼ばれることになりました。その帰途に各地を平定していったということで今回はその一つの話。

 すなはち出雲の國に入りまして、その出雲の國の建を殺らむとおもほして、到りまして、すなはち結交(うるはしみ)したまひき。かれ竊(窃の旧字体、ひそか)に赤檮(いちひのき)もちて、詐刀(こだち)を作りて、御佩(みはか)しとして、共に肥の河に沐(かはあみ)しき。ここに倭建の命、河よりまづ上りまして、出雲建が解き置ける横刀(たち)を取り佩かして、「易刀(たちかへ)せむ」と詔りたまひき。かれ後に出雲建河より上りて、倭建の命の詐刀(こだち)を佩きき。ここに倭建の命「いざ刀合(たちあ)はせむ」と誂(あとら)へたまふ。かれおのもおのもその刀を拔く時に、出雲建、詐刀(こだち)をえ拔かず、すなはち倭建の命、その刀を拔きて、出雲建を打ち殺したまひき。ここに御歌よみしたまひしく、

ヤマトタケルの命は出雲の国に入ると、この地にイズモタケルという剛の者がいた。この者を成敗しようと一計を案じ、まず交友を深めることとした。そのうちにひそかに赤檮(イチイガシ、樫の木は木刀に用いられるが種類は違うようである)を用いて偽の太刀を作り、それを佩いて共に肥の河に水浴びをしに行った。

ヤマトタケルの命は先に河から上がり、イズモタケルの太刀を佩いて「太刀を交換しよう」と言う。後から上がってきたイズモタケルはヤマトタケルの偽の太刀を佩いた。そこでヤマトタケルの命は「さあ太刀合わせをしよう」と挑んだ。そして互いに刀を抜くときにイズモタケルは刀を抜くことができず、その隙にヤマトタケルはイズモタケルを打ち殺した。

ここに歌を詠んで

 やつめさす 出雲建が 佩ける刀(たち)、

 黒葛(つづら)多(さは)纏(ま)き さ身(み)無しにあはれ。  (歌謠番號二四)

イズモタケルの佩く太刀は

ツヅラをよう巻いてあるが 刀身は無くあわれなことよ

(コメント)「やつめさす」は「八雲たつ」と同じく出雲にかかる枕詞

 かれかく撥(はら)ひ治めて、まゐ上りて、覆奏(かへりごと)まをしたまひき。

このように向うところ敵なく都へ凱旋し、天皇に事の次第を奏上した。