参考1: 校註 古事記 - 青空文庫
参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫
参考3: ねずさんと語る古事記・弐 (青林堂ビジュアル)

断りのない引用は参考1からのものです。


 ここに大國主の神愁へて告りたまはく、「吾獨して、如何(いかに)かもよくこの國をえ作らむ。いづれの神とともに、吾(あ)はよくこの國を相作(つく)らむ」とのりたまひき。この時に海を光(て)らして依り來る神あり。その神の言(の)りたまはく、「我(あ)が前(みまへ)をよく治めば、吾(あれ)よくともどもに相作り成さむ。もし然あらずは、國成り難(がた)けむ」とのりたまひき。ここに大國主の神まをしたまはく、「然らば治めまつらむ状(さま)はいかに」とまをしたまひしかば答へてのりたまはく、「吾(あ)をば倭(やまと)の青垣(あをかき)の東の山の上(へ)に齋(いつ)きまつれ」とのりたまひき。こは御諸(みもろ)の山の上にます神なり。

前回、共に国造りをしていたスクナビコナの神が去ってしまったので大国主はがっかりしてどうしたものかと言っていると海を照らしてやって来る神がいた。その神がいうには「自分をよく祀りなさい。そうすれば共に国造りができる。そうでなければ難しいだろう。」という。大国主が「どのように祀ればいいでしょうか?」と問うと、「大和の国の東の青々とした山の上に祀れ」という。これは今でいえば奈良県の三輪山に大物主の神を祀っている大神(おおみわ)神社のことである。