参考1: 校註 古事記 - 青空文庫
参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫
参考3: ねずさんと語る古事記・弐 (青林堂ビジュアル)

断りのない引用は参考1からのものです。


 かれ大國主の神、出雲の御大(みほ)の御前(みさき)にいます時に、波の穗より、天の羅摩(かがみ)の船に乘りて、鵝(ひむし)の皮を内剥(うつはぎ)に剥ぎて衣服(みけし)にして、歸(よ)り來る神あり。ここにその名を問はせども答へず、また所從(みとも)の神たちに問はせども、みな知らずと白(まを)しき。ここに多邇具久(たにぐく)白して言(まを)さく、「こは久延毘古(くえびこ)ぞかならず知りたらむ」と白ししかば、すなはち久延毘古を召して問ひたまふ時に答へて白さく、「こは神産巣日(かむむすび)の神の御子少名毘古那(すくなびこな)の神なり」と白しき。かれここに神産巣日御祖(みおや)の命に白し上げしかば、「こは實(まこと)に我が子なり。子の中に、我が手俣(たなまた)より漏(く)きし子なり。かれ汝(いまし)葦原色許男(あしはらしこを)の命と兄弟(はらから)となりて、その國作り堅めよ」とのりたまひき。かれそれより、大穴牟遲と少名毘古那と二柱の神相並びて、この國作り堅めたまひき。然ありて後には、その少名毘古那の神は、常世(とこよ)の國に度りましき。かれその少名毘古那の神を顯し白しし、いはゆる久延毘古(くえびこ)は、今には山田の曾富騰(そほど)といふものなり。この神は、足はあるかねども、天の下の事を盡(ことごと)に知れる神なり。

出雲の御大の御前は島根県の松江にある美保神社のある辺りとされる。大国主がそこにいるとスクナビコナの神がやってくる。

天の羅摩の船はガガイモの実を割って作った船のことで、ちょうどいい写真がこちらのブログ(ガガイモの舟)にあった。

スクナビコナの神は鵝の皮で作った服を着ていた。「鵝」が虫の蛾(ガ)であるとすると、ずいぶん小さな小人ということになる。自分はこのイメージを持っていたが、参考3によると蛾ではなくガチョウであって、ガチョウの皮の服であればそんなに小人ではないという。

ともかく、やって来た神はいったい何者か?というのが誰もわからなかったので、多邇具久(ヒキガエル)が言うには田んぼの久延毘古(カカシ)が知っているという。

カカシが言うには、神産巣日の神の子のスクナビコナの神であるという。そこで神産巣日の神に聞くと実際にそうである、自分の手の指の俣から漏れた子であるという。そしてスクナビコナの神は大国主の神と兄弟となって国を造り治めよといった。

それからしばらく国造りは順調だったようであるが、スクナビコナの神は海外(常世の国)に去ってしまったとのことである。原因は不明。

ついでにカカシは歩かないが世の中のことは何でも知っていると伝えられている。

案山子
案山子