参考1: 校註 古事記 - 青空文庫
参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫
参考3: ねずさんと語る古事記・弐 (青林堂ビジュアル)

断りのない引用は参考1からのものです。


だいぶ間が開きました。今回は和歌ばかりで難儀しました。

八千矛の神は大国主の別名で前回まではオオナムチでした。勢力拡大のため求婚に励んでいるところ。

この八千矛(やちほこ)の神、高志(こし)の國の沼河比賣(ぬなかはひめ)を婚(よば)はむとして幸(い)でます時に、その沼河比賣の家に到りて歌よみしたまひしく、

高志(こし)の國というのは越前(福井)、越中(富山)、越後(新潟)のあたりの地方とされる。越(こし)ということ。 糸魚川市のホームページに沼河比賣の伝説がある。

和歌は参考2、3以外にも解釈はいろいろあると思うが何となく我流でやってみることにする。

やちほこの 神の命は、
八島國 妻求(ま)ぎかねて、
遠遠し 高志(こし)の國に
賢(さか)し女(め)を ありと聞かして、
麗(くは)し女(め)を ありと聞きこして、
さ婚(よば)ひに あり立たし
婚ひに あり通はせ、
大刀が緒も いまだ解かずて、
襲(おすひ)をも いまだ解かね、
孃子(をとめ)の 寢(な)すや板戸を
押(お)そぶらひ 吾(わ)が立たせれば、
引こづらひ 吾(わ)が立たせれば、
青山に 鵺(ぬえ)は鳴きぬ。
さ野(の)つ鳥 雉子(きぎし)は響(とよ)む。
庭つ鳥 鷄(かけ)は鳴く。
うれたくも 鳴くなる鳥か。
この鳥も うち止(や)めこせね。
いしたふや 天馳使(あまはせづかひ)、
事の 語りごとも こをば。 

八千矛の神のミコトは

日本中探しても良い乙女がいないので

はるか高志の國に賢く美しい乙女がいると聞いて

はるばるやって来ました

旅装も解かず

あなたの寝ている板戸を押したり引いたりして待っていると

鵺が鳴き、野の雉、庭の鶏も鳴いている

心が乱れて鳥の鳴き声すら煩く感じる

打ち殺して黙らせてやろうかと思うくらいです


「いしたふや 天馳使(あまはせづかひ)、事の 語りごとも こをば。」は意味がわからない。

参考2では「下におります走り使をする者の事の語り傳えはかようでございます。」とあるがどうだろうか。

原文は大和言葉に漢字を当てただけで例えば「天馳使」は原文では「阿麻波勢豆加比」である。メッセンジャーのようなものだろうか。

納得いく訳が思い浮かばないので以下ではスルーする。


ここにその沼河日賣(ぬなかはひめ)、いまだ戸を開(ひら)かずて内より歌よみしたまひしく、

やちほこの 神の命。
ぬえくさの 女(め)にしあれば、
吾(わ)が心 浦渚(うらす)の鳥ぞ。
今こそは 吾(わ)鳥にあらめ。
後は 汝鳥(などり)にあらむを、
命は な死せたまひそ。
いしたふや 天馳使(あまはせづかひ)、
事の 語りごとも こをば。 

八千矛の神のミコト様

私はか弱い女ですから

心は揺れ動きます

今は自分の鳥(身と心のことだと思う)ですが

後にはあなたの鳥となりましょう

どうぞ殺さないように

青山に 日が隱らば、
ぬばたまの 夜は出でなむ。
朝日の 咲(ゑ)み榮え來て、
𣑥綱(たくづの)の 白き腕(ただむき)
沫雪の わかやる胸を
そ叩(だた)き 叩きまながり
眞玉手 玉手差し纏(ま)き
股(もも)長に 寢(い)は宿(な)さむを。
あやに な戀(恋)ひきこし。
八千矛の 神の命。
事の 語りごとも こをば。

青山に日が隠れれば

夜の帳が降ります

朝日のように、笑顔で来てくだされば

𣑥綱のような白い腕

淡雪のような胸を

そっと叩き、いつくしみ

玉のように美しい手を枕とし

足を伸ばして休みましょう

そのように心を悩ませ給いませんように

八千矛の神のミコト様


「ぬばたまの」、「たくづのの」は枕詞でそれぞれ黒、白を表す。特に「𣑥綱」はコウゾで作った綱のことでコウゾは和紙の原料ともなる。


 かれその夜は合はさずて、明日(くるつひ)の夜御合(みあひ)したまひき。

結局、その夜には会わずに次の日に結ばれたという。

 またその神の嫡后(おほぎさき)須勢理毘賣(すせりびめ)の命、いたく嫉妬(うはなりねた)みしたまひき。かれその日子(ひこ)ぢの神侘(わ)びて、出雲より倭(やまと)の國に上りまさむとして、裝束(よそひ)し立たす時に、片御手は御馬(みま)の鞍に繋(か)け、片御足はその御鐙(みあぶみ)に蹈み入れ、歌よみしたまひしく、

大国主の妻スセリビメはとても嫉妬深く、大国主はうるさく思ったので出雲から倭の国に上ろうとして出発しようと馬の鞍に乗り、片足は鐙に載せて以下のように歌を詠んだ。

ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を
まつぶさに 取り裝(よそ)ひ
奧(おき)つ鳥 胸(むな)見る時、
羽(は)たたぎも これは宜(ふさ)はず、
邊(へ)つ浪 そに脱き棄(う)て、
鴗鳥(そにどり)の 青き御衣(みけし)を
まつぶさに 取り裝ひ
奧つ鳥 胸見る時、
羽たたぎも こも宜(ふさ)はず、
邊(へ)つ浪 そに脱き棄(う)て、
山縣に 蒔(まき)し あたねつき
染(そめ)木が汁(しる)に 染衣(しめごろも)を
まつぶさに 取り裝ひ
奧つ鳥 胸見る時、
羽たたぎも 此(こ)しよろし。
いとこやの 妹の命、
群(むら)鳥の 吾(わ)が群れ往(い)なば、
引け鳥の 吾が引け往なば、
泣かじとは 汝(な)は言ふとも、
山跡(やまと)の 一本(ひともと)すすき
項(うな)傾(かぶ)し 汝が泣かさまく
朝雨の さ霧に立(た)たむぞ。
若草の 嬬(つま)の命。
事の 語りごとも こをば。
 

黒い衣装で身をつつみ

沖の鳥が胸を見るとき羽を動かすように

袖を動かすのは相応しくない

寄せる波にその衣装を脱ぎ捨て

翡翠のような青い衣装で身をつつみ

沖の鳥が胸を見るとき羽を動かすように

袖を動かすのは、これも相応しくない

寄せる波にその衣装を脱ぎ捨て

山の畑に蒔いたアタネ(?)をついた染料で染めた衣装で身をつつみ

沖の鳥が胸を見るとき羽を動かすように

袖を動かすのは、これは相応しい

愛しい妻よ

私が供の者達と群鳥のように去ってしまったら

空遠く飛び去る鳥のように去ってしまったら

お前は泣かないと言うけれど

山に生える一本のススキのように

一人うつむいてお前は泣くのだろう

朝雨の霧の中で立つ

露のついた若草のように


「山縣に 蒔(まき)し あたねつき」

の「あたね」はわからない。参考1の注に茜という説もあるが不明とある。


ここにその后(きささ) 大御酒杯(さかづき)を取らして、立ち依り指擧(ささ)げて、歌よみしたまひしく、

そこでスセリビメは大きな杯を持ち、大国主に捧げて以下のように歌を詠んだ。

八千矛の 神の命や、
吾(あ)が大國主。
汝なこそは 男(を)にいませば、
うち𢌞(み)る 島の埼埼
かき𢌞(み)る 磯の埼おちず、
若草の 嬬(つま)持たせらめ。
吾(あ)はもよ 女(め)にしあれば、
汝(な)を除きて 男(を)は無し。
汝(な)を除て 夫(つま)は無し。
文垣(あやかき)の ふはやが下に、
蒸被(むしぶすま) 柔(にこや)が下に、
𣑥被(たくぶすま) さやぐが下に、
沫雪(あわゆき)の わかやる胸を
𣑥綱(たくづの)の 白き臂(ただむき)
そ叩(だた)き 叩きまながり
ま玉手 玉手差し纏(ま)き
股長(ももなが)に 寢(い)をしなせ。
豐御酒(とよみき) たてまつらせ。

かく歌ひて、すなはち盞(うき)結(ゆ)ひして、項懸(うながけ)りて、今に至るまで鎭ります。こを神語(かむがたり)といふ。

八千矛の神のミコトよ

私の大国主

あなたは男ですから

国のあちこちに若い妻がいるでしょう

私は女ですから

あなたの他に男は無く

あなたの他に夫はありません

ふわりと揺れる帳の下で

やわらかな夜具の下で

さやぐ夜具の下で

淡雪のような胸を

𣑥綱のような白い腕を

そっと叩き、いつくしみ

玉のように美しい手を枕とし

足を伸ばしてお休みなさいませ

おいしいお酒をお召し上りなさいませ

このように歌を詠んで、二人は杯を交し、抱きあって今日まで鎮まっている。これを神語りという。


文垣(あやかき)というのは寝室の上にある帳のことのようで一般家庭にはあまり縁は無さそうである。

衾(ふすま)というのは

- Wikipedia
衾(ふすま)は平安時代などに用いられた古典的な寝具の一種。長方形の一枚の布地で現在の掛け布団のように就寝時に体にかけて用いるため、後世の掛け布団も衾と呼ぶことがある。

とある。掛け布団だから「下で」と続くのは納得できる。ただ掛け布団だと風情がないので夜具ということにしている。

蒸被、𣑥被と衾が二度続くのも掛け布団を何枚も使っていたと理解できる。たぶん厚いものと薄いものがあったはずで、𣑥(たえ)はカジノキなどの繊維で織った白い布ということである。

スセリビメが「さあ飲みなさい」というあたりは凄みを感じるけれども、なんだかんだ仲は良かったようである。