参考1: 校註 古事記 - 青空文庫
参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫
参考3: ねずさんと語る古事記 壱 (青林堂ビジュアル)

参考1,2の古事記では高天原を「たかまのはら」としていますがこのブログでは「たかあまはら」で通します。

参考書として参考3を追加しました。

不明な点も多いので追記修正していく予定です。

なお断りのない引用は参考1からのものです。


ここに天つ神諸(もろもろ)の命(みこと)以(も)ちて、伊耶那岐(いざなぎ)の命伊耶那美(いざなみ)の命の二柱の神に詔(の)りたまひて、この漂へる國を修理(をさめ)固め成せと、天(あめ)の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依(ことよ)さしたまひき。かれ二柱の神、天(あめ)の浮橋(うきはし)に立たして、その沼矛(ぬぼこ)を指し下して畫きたまひ、鹽(しお)こをろこをろに畫き鳴(な)して、引き上げたまひし時に、その矛の末(さき)より滴る鹽(しお)の積りて成れる島は、淤能碁呂(おのごろ)島なり。その島に天降(あも)りまして、天(あめ)の御柱(みはしら)を見立て八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき。

「鹽」は「塩」。イザナギの命、イザナミの命は天の浮橋に立ち天津神から賜った矛で海水をかき混ぜ引き上げたところ、その雫からオノゴロ島ができたのでそこに降りて柱を立て、広い御殿を立てた。

「見立て」とあるので単に「建てる」という意味ではないだろうと悩んだので参考3を購入してみた。それによれば「天の御柱と八尋殿を見立て」の解釈として「立派な木を天の偉大な神々の依代(よりしろ)に見立てた」とある。

オノゴロ島の解釈は諸説あるようではっきりしない。地球かもしれないし、どこかの島や大陸かもしれない。人知を超えているとしかいいようがない。

 ここにその妹伊耶那美(いざなみ)の命に問ひたまひしく、「汝(な)が身はいかに成れる」と問ひたまへば、答へたまはく、「吾(わ)が身は成り成りて、成り合はぬところ一處あり」とまをしたまひき。ここに伊耶那岐(いざなぎ)の命詔(の)りたまひしく、「我が身は成り成りて、成り餘れるところ一處あり。故(かれ)この吾が身の成り餘れる處を、汝が身の成り合はぬ處に刺し塞ふたぎて、國土(くに)生み成さむと思ほすはいかに」とのりたまへば、伊耶那美(いざなみ)の命答へたまはく、「しか善けむ」とまをしたまひき。ここに伊耶那岐の命詔りたまひしく、「然らば吾(あ)と汝(な)と、この天の御柱を行きめぐりあひて、美斗(みと)の麻具波比(まぐはひ)せむ」とのりたまひき。かく期(ちぎ)りて、すなはち詔りたまひしく、「汝は右よりめぐり逢へ、我(あ)は左よりめぐり逢はむ」とのりたまひて、約(ちぎ)り竟(を)へてめぐりりたまふ時に、伊耶那美の命まづ「あなにやし、えをとこを」とのりたまひ、後に伊耶那岐の命「あなにやし、え娘子(をとめ)を」とのりたまひき。おのもおのものりたまひ竟(を)へて後に、その妹に告(の)りたまひしく、「女人(をみな)先立(さきだち)言へるはふさはず」とのりたまひき。然れども隱處(くみど)に興(おこ)して子(みこ)水蛭子(ひるこ)を生みたまひき。この子は葦船(あしぶね)に入れて流し去やりつ。次に淡島(あはしま)を生みたまひき。こも子の數に入らず。

イザナギの命がまぐわいの提案をするとイザナミの命は同意する。天の御柱をお互いに逆方向から回ってまぐわうことにしようと約束する。

天の御柱をイザナギの命は左から、イザナミの命は右から回って出会ったところで、イザナミの命から「あなにやし、えをとこを」と言い、イザナギの命は答えて「あなにやし、え娘子(をとめ)を」と言う。イザナギの命は「女のほうから声をかけるのは間違っているような気がするのだが…」と言うのだが、まぐわって子供ができる。それは水蛭子(ひるこ)であった。何か得体のしれないものが生まれてしまったので葦舟に入れて流してしまう。次に淡島を生むがこれもどうも不満である。

「あなにやし…」のところはそのままでも何となく分かるし面白い。「隱處(くみど)に興(おこ)して子(みこ)水蛭子(ひるこ)を生みたまひき」の「隱處」というのは隠すべき場所(隠所)のことで、便所の意味もあれば陰部の意味もあるようだが、ここではたぶん産屋のことと思われる。参考2で「隱處を興して」は「結婚をして」と訳されているが疑問である。参考3によれば原文では「久美度迩興して」となっていて訳は「こうして懐妊した伊邪那美のために産屋を建てて」とある。「産屋を建てて」という訳のほうがしっくりくるので参考3のほうをとりたい。

もう一つ「美斗のまぐわい」の「美斗」の意味がわからない。

以下は引用なしで要約のみ。

納得いかないイザナギとイザナミは天に戻ってどうしたらいいか教えてもらう。フトマニの占いの結果、女のほうから声をかけたのがやはり良くなかったということでもう一度出会いのシーンをやり直す。それで目出度く次々と国土が生まれていくことになる。

まず生んだのは、淡道(あはぢ)の穗(ほ)の狹別(さわけ)の島。淡路島。

次が伊豫(いよ)の二名(ふたな)の島。これは四国で各地方に(神様の?)名前がついている。

伊豫(いよ) 愛比賣(えひめ)
讚岐(さぬき) 飯依比古(いひよりひこ)
粟(あは) 大宜都比賣(おおげつひめ)
土左(とさ) 建依別(たけよりわけ)

愛媛は神話の時代から愛媛である。粟の国の大宜都比賣(おおげつひめ)という名前の神様は次回出てくるが、後にスサノオの命に殺されて五穀(米、麦、大豆、小豆、粟)の種となる大宜都比賣(おおげつひめ)との関連は不明。同じかもしれないし違うかもしれない。

次が隠岐(おき)の島。神名は天(あめ)の忍許呂別(おしころわけ)。

次が筑紫の島。現在の九州。これも地方ごとに名前がある。

筑紫(つくし) 白日別(しらひわけ)
豐(とよ) 豐日別(とよひわけ)
肥(ひ) 建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)
熊曾(くまそ) 建日別(たけひわけ)

次が伊岐(いき)の島。名を天比登都柱(あめひとつはしら)という。

次が津島(つしま)。名を天狹手依比賣(あめのさでよりひめ)という。

次が佐渡(さど)の島。

次が大倭豐秋津(おほやまととよあきつ)島。名は天津御虚空豐秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)。これが本州。

最後に六島生む。現在のどの島に該当するのかはっきりしないようである。

吉備(きび)の兒島(こじま) 建日方別(たけひがたわけ)
小豆島(あずきしま) 大野手比賣(おほのでひめ)
大島(おおしま) 大多麻流別(おおたまるわけ)
女島(ひめじま) 天一根(あめひとつね)
知訶(ちか)の島 天(あめ)の忍男(おしを)
兩兒(ふたご)の島 天(あめ)の兩屋(ふたや)

四国と九州には地方まで言及されており何か特別な意味があるのだろうか。