参考1: 校註 古事記 - 青空文庫
参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫
参考3: ねずさんと語る古事記・弐 (青林堂ビジュアル)

断りのない引用は参考1からのものです。


 ここに速須佐の男の命、天照らす大御神に白したまひしく、「我が心清明(あか)ければ我が生める子手弱女(たわやめ)を得つ。これに因りて言はば、おのづから我勝ちぬ」といひて、勝さびに天照らす大御神の營田(みつくた)の畔(あ)離ち、その溝埋(う)み、またその大嘗(にへ)聞しめす殿に屎(くそ)まり散らしき。かれ然すれども、天照らす大御神は咎めずて告りたまはく、「屎(くそ)なすは醉ゑひて吐き散らすとこそ我が汝兄(なせ)の命かくしつれ。また田の畔(あ)離ち溝埋(う)むは、地(ところ)を惜(あたら)しとこそ我が汝兄(なせ)の命かくしつれ」と詔り直したまへども、なほその惡(あら)ぶる態(わざ)止まずてうたてあり。天照らす大御神の忌服屋(いみはたや)にましまして神御衣(かむみそ)織らしめたまふ時に、その服屋(はたや)の頂(むね)を穿ちて、天の斑馬(むちこま)を逆剥(さかはぎ)に剥ぎて墮し入るる時に、天の衣織女(みそおりめ)見驚きて梭(ひ)に陰上(ほと)を衝きて死にき。かれここに天照らす大御神見み畏(かしこ)みて、天の石屋戸(いはやど)を開きてさし隱(こも)りましき。ここに高天原皆暗く、葦原(あしはら)の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜(とこよ)往く。ここに萬(よろづ)の神の聲(おとなひ)は、さ蠅(ばへ)なす滿ち、萬の妖(わざはひ)悉に發おこりき。

前回の誓約(うけい)の結果、須佐之男の命の剣から生まれたのは三女神であった。そこで須佐之男の命は「自分が潔白だから優しい女子が生まれたのだ。したがって自分の勝ちである」と主張する。勝ちに乗じて天照大御神の田の畔(あぜ)を壊し、溝を埋め、 大嘗祭を行う神殿に屎ををまき散らした。このような狼藉にも天照大御神は須佐之男の命をかばうが、須佐之男の命の狼藉は止まらず衣を織る忌服屋(いみはたや)の屋根を壊し、天の斑馬の皮を剥いで放りこんだ。機織りの女はこれを見て驚いて梭(機織りの道具で横糸を通すために用いる)で陰部を突いて死んでしまった。この事態を重くみた天照大御神は天の石屋戸(いはやど)に隠れてしまった。これによって高天原は暗くなり、葦原の中つ國(日本)は特に暗くなった。常に夜のように暗く、災いが頻繁におこるようになった。

「屎」、「天の斑馬」など祝詞に現れる単語が出てくるので神道的な意味が隠されているのではないかと予想している。古事記そのものが神典なので当然といえば当然かもしれない。

ここを以ちて八百萬の神、天の安の河原に神集(かむつど)ひ集(つど)ひて、高御産巣日(たかみむすび)の神の子思金(おもひがね)の神に思はしめて、常世(とこよ)の長鳴(ながなき)鳥を集(つどへ)て鳴かしめて、天の安の河の河上の天の堅石(かたしは)を取り、天の金山(かなやま)の鐵(まがね)を取りて、鍛人(かぬち)天津麻羅(あまつまら)を求(ま)ぎて、伊斯許理度賣(いしこりどめ)の命に科(おほ)せて、鏡を作らしめ、玉の祖(おや)の命に科せて八尺の勾玉の五百津(いほつ)の御統(みすまる)の珠を作らしめて天の兒屋(こやね)の命布刀玉(ふとだま)の命を召よびて、天の香山(かぐやま)の眞男鹿(さをしか)の肩を内拔(うつぬき)に拔きて、天の香山の天の波波迦(ははか)を取りて、占合(うらへ)まかなはしめて、天の香山の五百津の眞賢木(まさかき)を根掘(ねこじ)にこじて、上枝(ほつえ)に八尺の勾玉の五百津の御統の玉を取り著つけ、中つ枝に八尺(やた)の鏡を取り繋(か)け、下枝(しづえ)に白和幣(しろにぎて)青和幣(あをにぎて)を取り垂しでて、この種種(くさぐさ)の物は、布刀玉の命太御幣(ふとみてぐら)と取り持ちて、天の兒屋の命太祝詞(ふとのりと)言祷(ことほぎ)白して、天の手力男(たぢからを)の神、戸の掖(わき)に隱り立ちて、天の宇受賣(うずめ)の命、天の香山の天の日影(ひかげ)を手次(たすき)に繋(か)けて、天の眞拆(まさき)を鬘(かづら)として、天の香山の小竹葉(ささば)を手草(たぐさ)に結ひて、天の石屋戸(いはやど)に覆槽(うけ)伏せて蹈みとどろこし、神懸(かむがか)りして、胸乳(むなち)を掛き出で、裳(も)の緒(ひも)を陰(ほと)に押し垂りき。ここに高天原(たかあまはら)動(とよ)みて八百萬の神共に咲(わら)ひき。

災いが満ちるようになったので、八百万の神々が天の安河原に集まり高御産巣日の神の子である思金(おもひかね)の神に知恵を絞らせた。この場面はかなり省略するが、天の宇受賣(うずめ)の命の踊りで八百万の神々が大喜びして高天原が揺れるほどであった。天の宇受賣命は芸能の神様である。なお祝詞を奏上した天の兒屋(こやね)の命は大化改新で有名な中臣氏の祖神であり、中臣氏は宮中の神官である。(後の藤原氏)

ここで活躍した神々は天孫降臨で邇邇芸命に付き添うことになる。

 ここに天照らす大御神怪(あや)しとおもほして、天の石屋戸を細(ほそめ)に開きて内より告(の)りたまはく、「吾(あ)が隱(こも)りますに因りて、天の原おのづから闇く、葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、何(なに)とかも天の宇受賣(うずめ)は樂(あそび)し、また八百萬の神諸(もろもろ)咲(わら)ふ」とのりたまひき。ここに天の宇受賣白さく、「汝命(いましみこと)に勝(まさ)りて貴(たふと)き神いますが故に、歡喜(よろこ)び咲(わら)ひ樂(あそ)ぶ」と白しき。かく言ふ間に、天の兒屋の命、布刀玉の命、その鏡をさし出でて、天照らす大御神に見せまつる時に、天照らす大御神いよよ奇(あや)しと思ほして、やや戸より出でて臨みます時に、その隱(かく)り立てる手力男の神、その御手を取りて引き出だしまつりき。すなはち布刀玉の命、尻久米(しりくめ)繩をその御後方(みしりへ)に控(ひ)き度して白さく、「ここより内にな還り入りたまひそ」とまをしき。かれ天照らす大御神の出でます時に、高天原と葦原の中つ國とおのづから照り明りき。ここに八百萬の神共に議はかりて、速須佐の男の命に千座(ちくら)の置戸(おきど)を負せ、また鬚(ひげ)と手足の爪とを切り、祓へしめて、神逐かむやらひ逐ひき。

外が楽しげに騒がしいのを不審に思った天照大御神は天の石屋戸を細めに開いて「自分が隠れたことで世は暗くなったはずなのに何故そんなに楽しそうにしているのか」と天の宇受賣に問うた。天の宇受賣答えて曰く「あなた様よりも貴い神が現れたので喜んでいるのです。」そういう間に天の兒屋の命、布刀玉の命が鏡を天照大御神に見せると立派な神様(自分の姿)がいるので不思議なことだと思い、天の石屋戸から少し出てきた。そこを天の手力男の神が天照大御神の手をとって引き出し、布刀玉の命が天の石屋戸の入口にしめ縄を張って「もう中には入らないで下さい」と言った。

こうして天照大御神が再び現れたので、高天原と葦原の中つ国は明るさを取り戻した。

八百万の神々は須佐之男の命にこの騒動の罰として千座の置戸(巨額の罰金)を与え、髭と手足の爪を切り、高天原から追放してしまった。


須佐之男の命は伊邪那岐の大神からも追放され高天原からも追放されることとなった。

三貴神であるのに物語の構成上このような罪な役割を負わされるという神格である。これをもって悪神と考えるのは間違いであると思われる。後の話になるが須佐之男の大神は地に五穀の種をもたらし、八岐大蛇を退治し、また国譲りの舞台を整えるという役割を果たすことになる。また最古の和歌を残し芸術の祖ともなった。

地は須佐之男の賜物といえる。