参考1: 校註 古事記 - 青空文庫
参考2: 現代語譯 古事記 - 青空文庫
参考3: ねずさんと語る古事記・弐 (青林堂ビジュアル)

断りのない引用は参考1からのものです。


大国主に対する八十神の迫害が続く。その後スサノヲの所で力をつけて八十神を追い払う場面。

 ここに八十神見てまた欺きて、山に率ゐて入りて、大樹を切り伏せ、茹矢(ひめや)をその木に打ち立て、その中に入らしめて、すなはちその氷目矢(ひめや)を打ち離ちて、拷(う)ち殺しき。ここにまたその御祖、哭きつつ求(ま)ぎしかば、すなはち見得て、その木を拆(さ)きて、取り出で活して、その子に告りて言はく、「汝ここにあらば、遂に八十神に滅(ころ)さえなむ」といひて、木の國の大屋毘古(おほやびこ)の神の御所(みもと)に違へ遣りたまひき。ここに八十神覓(ま)ぎ追ひ臻(いた)りて、矢刺して乞ふ時に、木の俣(また)より漏(く)き逃れて去(い)にき。御祖の命、子に告りていはく、「須佐の男の命のまします根(ね)の堅州(かたす)國にまゐ向きてば、かならずその大神議(はか)りたまひなむ」とのりたまひき。

蘇生したオオナムチを見た八十神は、オオナムチを騙して山に連れていき、大木を切り倒して罠を仕掛けておいたその木の中に入らせて殺してしまった。(どう訳すのか分からないが、大木ではさみ殺した、あるいは矢を仕掛けておいて打ち殺したなどが考えられる)

また母親が泣きならがオオナムチを探していると、その木を見つけたので拆いて(取り壊して)オオナムチを救い出した。(死んでいたのを蘇生させた、あるいは重体なのを治療した)そしてオオナムチに「ここにいれば八十神に滅ぼされてしまう」と言って、木の国(参考1には紀伊の國とあるがはっきりしない)の大屋毘古(おほやびこ)の神のところに避難させた。ところがここにも八十神が追ってきて身柄引き渡しを求めた。大屋毘古(おほやびこ)の神は(注1)オオナムチを木の俣から逃がして「須佐之男の命のいる根の堅州(かたす)國に行きなさい。須佐之男の大神が力になってくれるでしょう」と言った。

注1: 参考1には「御祖の命、子に告りていはく」とあるが、原文(参考3を参照)にはそんなことは書いてないようである。

かれ詔命(みこと)のまにまにして須佐の男の命の御所(みもと)に參ゐ到りしかば、その女須勢理毘賣(すせりびめ)出で見て、目合(まぐはひ)して婚(あ)ひまして、還り入りてその父に白して言さく、「いと麗しき神來ましつ」とまをしき。ここにその大神出で見て、「こは葦原色許男(あしはらしこを)の命といふぞ」とのりたまひて、すなはち喚び入れて、その蛇(へみ)の室(むろや)に寢しめたまひき。ここにその妻(みめ)須勢理毘賣(すせりびめ)の命、蛇のひれをその夫に授けて、「その蛇咋(く)はむとせば、このひれを三たび擧(ふ)りて打ち撥(はら)ひたまへ」とまをしたまひき。かれ教のごとせしかば、蛇おのづから靜まりぬ。かれ平(やす)く寢て出でましき。また來る日の夜は、呉公(むかで)と蜂との室(むろや)に入れたまひしを、また呉公(むかで)蜂のひれを授けて、先のごと教へしかば、平(やす)く出でたまひき。また鳴鏑(なりかぶら)を大野の中に射入れて、その矢を採らしめたまひき。かれその野に入りましし時に、すなはち火もちてその野を燒き𢌞(まわ)らしつ。ここに出づる所を知らざる間に、鼠來ていはく、「内はほらほら、外(と)はすぶすぶ」と、かく言ひければ、其處(そこ)を踏みしかば、落ち隱り入りし間に、火は燒け過ぎき。ここにその鼠、その鳴鏑(なりかぶら)を咋(く)ひて出で來て奉りき。その矢の羽は、その鼠の子どもみな喫ひたりき。

オオナムチは言われるままに須佐之男の命の所に行くと、須佐之男の娘のスセリビメと出会いすぐにまぐわって結婚した。スセリビメは須佐之男の所に戻ると「とても立派で綺麗な神がいらっしゃいましたよ」と言った。須佐之男の大神は宮から出てきてオオナムチをみると「これは天下の色男ぞ」と言って、オオナムチを呼び入れて蛇の部屋に寝かせた。妻となったスセリビメは蛇のひれをオオナムチに渡して、「蛇が襲ってきたらこのひれを三回振って打ち払ってください」と言った。その通りにすると蛇が静かになったのでぐっすり寝ることができた。次の日はムカデと蜂の部屋に入ることになったが、またスセリビメがムカデと蜂のひれを渡して前のように教えるとオオナムチは何事もなく出てくることができた。次は須佐之男が矢を野原に放ってその矢を採ってこいと命じた。そして野に火を放った。火に囲まれて出口もわからず途方に暮れて いると、鼠がきて「内はホラホラ、外はスブスブ」と言ったので、そこを踏んでみると落し穴に落ちてしまった。それで火が燃えつきるまでやりすごすことができた。そこへ鼠が矢を咥えてやってきたが、その矢の羽は鼠の子供が食べてしまっていた。

 ここにその妻(みめ)須世理毘賣(すせりびめ)は、喪(はふり)つ具(もの)を持ちて哭きつつ來まし、その父の大神は、すでに死(う)せぬと思ほして、その野に出でたたしき。ここにその矢を持ちて奉りし時に、家に率て入りて、八田間(やたま)の大室に喚び入れて、その頭(かしら)の虱(しらみ)を取らしめたまひき。かれその頭を見れば、呉公(むかで)多(さは)にあり。ここにその妻、椋(むく)の木の實(み)と赤土(はに)とを取りて、その夫に授けつ。かれその木の實(み)を咋ひ破り、赤土(はに)を含(ふく)みて唾(つばき)出だしたまへば、その大神、呉公(むかで)を咋ひ破りて唾き出だすとおもほして、心に愛(は)しとおもほして寢(みね)したまひき。

スセリビメは(オオナムチが死んだと思ったので)泣きながら葬儀の道具を持ってきた。須佐之男の大神はもう死んだだろうと思って野に出て立っていた。そこへオオナムチが矢を持ち帰ってきたので、家に入れて大きな部屋に招いて須佐之男の髪についている虱を取らせた。オオナムチがその頭をよく見るとムカデが群がっていた。スセリビメはムクの木の実と赤土をオオナムチに渡した。オオナムチはその木の実を食い破り、赤土を口に含んで吐きだすと、須佐之男の大神はムカデを食い破って吐きだしていると思い、なかなか見所があると思いながら寝てしまった。

ここにその神の髮を握(と)りて、その室の椽(たりき)ごとに結ひ著けて、五百引(いほびき)の石(いは)を、その室の戸に取り塞(さ)へて、その妻(みめ)須世理毘賣を負ひて、すなはちその大神の生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみ)やまたその天の沼琴((ぬごと)を取り持ちて、逃げ出でます時に、その天の沼琴樹に拂(ふ)れて地動鳴(なりとよ)みき。かれその寢(みね)したまへりし大神、聞き驚かして、その室を引き仆(たふし)たまひき。然れども椽に結へる髮を解かす間に遠く逃げたまひき。かれここに黄泉比良坂(よもつひらさか)に追ひ至りまして、遙(はるか)に望みさけて、大穴牟遲(おほあなむぢ)の神を呼ばひてのりたまはく、「その汝が持てる生大刀生弓矢もちて汝が庶兄弟(あにおとども)をば、坂の御尾に追ひ伏せ、また河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、おれ大國主の神となり、また宇都志國玉(うつしくにたま)の神となりて、その我が女須世理毘賣を嫡妻(むかひめ)として、宇迦(うか)の山の山本に、底津石根(そこついはね)に宮柱太しり、高天原に氷椽(ひぎ)高しりて居れ。この奴(やつこ)」とのりたまひき。かれその大刀弓を持ちて、その八十神を追ひ避さくる時に、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて國作り始めたまひき。

オオナムチは須佐之男の髪を部屋の垂木に結びつけ、その部屋の戸に大きな石で塞いでスセリビメを背負い、大神の刀、弓矢、琴を持って逃げ出そうとしたときに琴が木に触れて大きな音を立てた。須佐之男の大神はそれで飛び起きて部屋を壊してしまった。ところが髪が結ばれていたのでそれを解く間に遠くに逃げることができた。

須佐之男は黄泉平坂まで追いかけてきて、遠くにオオナムチの姿をみて「お前の持っている刀と弓矢で八十神を追い払って大国主の神となり、また宇都志國玉(うつしくにたま)の神となってスセリビメを正妻とし、宇迦(うか)の山のふもとに頑丈な岩盤に太い宮柱を立て、高天原に届くほどの宮を建てよ。この野郎!」と叫んだ。オオナムチはその通りにして国造りを始めた。

 かれその八上比賣は先の期(ちぎり)のごとみとあたはしつ。かれその八上比賣は、率(ゐ)て來ましつれども、その嫡妻(むかひめ)須世理毘賣を畏(かしこ)みて、その生める子をば、木の俣(また)に刺し挾みて返りましき。かれその子に名づけて木の俣の神といふ、またの名は御井(みゐ)の神といふ。

前回、八上比賣と結婚することになっていた大国主は約束通り八上比賣を招いた。八上比賣はやってきたけれども、正妻であるスセリビメを憚って生んだ子を木の俣にはさんで残し自分は帰ることにした。その子には木の俣の神と名づけ、またの名を御井の神ともいう。